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長崎地方裁判所 昭和53年(ワ)488号 判決 1980年8月27日

原告 古賀隆治

同 古賀ヨシノ

右両名訴訟代理人弁護士 峯満

被告 公立学校共済組合

右代表者理事 杉江清

右訴訟代理人弁護士 木村憲正

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は、原告古賀隆治に対し、金二四八万六、四八〇円、原告古賀ヨシノに対し、金八六万三、五二〇円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 被告は、原告両名に対し、それぞれ金一六七万五、〇〇〇円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告隆治は、長崎市中町五番四四及び同所同番地二八宅地合計一八三・六五平方メートル(以下、単に原告所有土地という。)並びに同地上所在家屋番号五番二八号、木造瓦葺二階建居宅、床面積一階八三・〇四平方メートル、二階六四・一九平方メートルの建物(以下、単に原告所有建物という。)を所有し、妻の原告ヨシノとともに右建物に居住している。

被告は、原告所有土地の北西側に隣接する長崎市中町五番地二七宅地一八三・〇四平方メートル(以下、被告所有土地という。)上に、かつて家屋番号五番二七の一、木造瓦葺平家建居宅一棟、四四・三三平方メートル及び家屋番号五番二七の二、木造瓦葺二階建居宅一棟、一、二階共各二四・二九平方メートルを所有していたが、その後これらをいずれも収去したうえ、同地上に新たに鉄筋コンクリート造六階建塔屋付寄宿舎併用共同住宅、建築面積一四三・八六平方メートル、延べ面積八〇四・三〇七平方メートル(以下、本件建物という。)を建築し、昭和五三年五月末日これを完成した。

2  ところで、本件建物建築前の旧建物は、原告所有建物に隣接していたものの高さも低く、原告所有建物との間隔も十分であったから、原告所有建物は採光通風とも良好であったが、本件建物は、原告所有建物に密接して(右両建物の間隔は約〇・五七メートルしかない。)高く、広くその全面を覆うように建てられたため、原告所有建物の一階西側にある茶の間、台所は完全に日照が妨げられて昼間でも真っ暗であり、通風も甚しく阻害されるようになった。

そのため、原告らは長年原告所有建物に居住し、今後もそこで老後を過ごし、将来は長女らに引き継ぎたいと考えているのに、住居の中で最も長時間使用し、すべての意味で生活の中心となる茶の間と台所が本件建物の建築により使用に耐えなくなってしまった。その被害の程度は社会生活上一般に受忍すべき限度を超えるものである。

3  原告らは、被告の右不法行為によって次の損害を被った。

(一)(1) 右被害をいく分とも回復する方法としては、原告隆治において、原告所有建物の台所と風呂場の区画を別紙図面のとおり改造するしかないが、これに要する費用は金一六二万二、九六〇円である。

(2) 右改造工事をもってしても日照通風の阻害はなお残るのであって、未だ従前の状態を回復するに十分ではない。そこで、右改造に至るまでの間及びそれ以後における原告らの精神的損害を償うべき慰謝料として原告ら各自につき金六八万八、五二〇円が相当である。

(3) 被告は、原告らの請求に対して右損害を争って請求に応じないので、原告らは、共同して本件訴訟代理人に対する訴訟委任を余儀なくされたところ、その費用は、手数料金二〇万円、成功報酬は、判決認容額の一〇パーセントである(原告両名の負担部分は各二分の一)。このうち、原告ら各自につき金一七万五、〇〇〇円が被告の不法行為によって生じた損害である。

(4) 以上により、原告隆治の損害額は、右改造費用金一六二万二、九六〇円、慰謝料金六八万八、五二〇円及び弁護士費用金一七万五、〇〇〇円、合計金二四八万六、四八〇円であり、原告ヨシノの損害額は、慰謝料金六五万八、五二〇円及び弁護士費用金一七万五、〇〇〇円、合計金八六万三、五二〇円である。

(二)(1) 仮に損害の一部を回復するため前記改造工事を行うこと、若しくはその工事代を損害の一部として算定し、これを被告に請求することが認められないとするならば、原告らに対する慰謝料は、それぞれ金一五〇万円を下らない。

(2) 従って、原告らの損害額は、それぞれ慰謝料金一五〇万円及び弁護士費用金一七万五、〇〇〇円、合計金一六七万五、〇〇〇円である。

よって、原告らは、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、主位的に原告古賀隆治につき金二四八万六、四八〇円、原告古賀ヨシノにつき金八六万三、五二〇円、予備的に原告両名につきそれぞれ金一六七万五、〇〇〇円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中前段の事実は否認し、後段の事実は争う。

3  同3の事実は全て否認する。

三  被告の主張

1  被告は、地方公務員等共済組合法第三条により設立された同条第一項第二号に規定されている法人であって、同法第一一二条第一項第一号に定める福祉事業として公立学校共済組合長崎宿泊所を経営している者であり、本件建物は右宿泊所の職員宿舎として建設したものである。

2  本件建物が建築された地域は、商業地域、準防火地域であり、被告は、右建築にあたって、長崎市中高層建築指導要綱に従い、また、昭和五三年七月五日、長崎市建築主事より、被告新築建物の建築が、右建物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合することの確認を受けている。

3  被告は、原告らも含め付近住民に対しては、建物の規模、内容等について具体的な説明を行い、住民の意見要望を聞き、できるだけの配慮をなし、工事に伴う騒音その他については建築関係の業者と付近住民との協定をなしたうえで建築したものである。

4  従って、本件建物により原告所有建物の一部の採光通風が従前より阻害されるようになったことは認めるが、その程度は隣地居住者としての受忍限度を越えたものではなく、原告ら主張の不法行為は成立しない。

四  被告の主張に対する原告らの反論

1  本件建物が建築基準法等の規制に違反しないことをもって不法行為が成立しないとの被告の主張は争う。すなわち、現在の建築基準に関する法令は、一応の社会的基準として画一的処理のために設けられているに過ぎず、直接個々の建物所有者ないし建築者相互間の利害の調整を図ったり、その相互間に諸種の権利義務の発生を認めたものではないから、本件建物が右法令に違反しないことをもって被告の賠償責任が否定されるものではない。

2  本件建物の所在地域が商業地域であることは認める。しかして、右地域の建物が次第に高層化するであろうこと、そしてそれがこの地域社会と経済のうえでやむをえない勢いであることは認めなければならないとしても、そのために先住民の居住権を無視してはならない。土地の高度利用によって利益を得る者は、衡平の法理に照らしその利益の一部をもって、それが先住民の民住環境を直接侵害する限度において補償しなければならない。地域の商業化が地域全体の土地価格を高騰させることになっても、地域住民は自己の土地を売却するか利用方法を変えない限りその利益を現実化し得ないのであって、健康で快適な日常生活を営む利益という面では何ら代償足り得ない。また、いわゆる日照権は、この意味での居住権そのものを直接保護の対象とするものであり、すべての日照権はそれ自体平等の対価的価値があり、それが商業地域においてであろうと住宅専用地域においてであろうと価値に差異はない。かえって、一定の商業地域において既に有していたそれらの利益は貴重である。従って、商業地域であることから日照権侵害の違法性が減弱するわけではない。

3  被告が本件建物の建築にあたって付近住民の意見要望を聞いたことは認める。しかし、それはとおり一辺の形式に過ぎず、これに対応して何らかの配慮をしたという証拠もない。特に原告所有建物に対する日照採光通風に関しては、何ら科学的検討を加えることもなく、設計上の考慮もなされていない。また、原告らの要望に従って、本件建物の正面に向かって右側に設けられた外階段を原告所有建物の側に設ければ採光通風に関する原告らの被害を殆んど防止できたのに、被告は原告らの要望を無視した。被告の故意、過失は明白かつ重大である。

第三証拠《省略》

理由

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件建物による原告所有建物に対する日照、採光、通風の各阻害が原告らの享受する生活利益の侵害として不法行為責任を構成するに足る違法性を有するか否かについて検討するに、おゝよそ住居における日照、採光、通風の確保は、快適で健康な生活を享受するために不可欠の生活利益である。とりわけ我が国の高温多湿な気候風土、伝統的住宅構造及び日照等を自然のもたらす恩恵として尊重しようとする国民感情等に鑑みると、これらの利益は、これと衝突する他の諸般の法益との適切な調和を図りつゝ、可能な限り法的保護を与えられなければならない。かゝる利益を従前享受してきた者が近隣者による建物建築等の結果、その利益を阻害されるに至った場合は、その阻害の程度が被害者において社会通念上一般に受忍すべき限度を越えるに至ったと認められる限り、人格権に対する違法な侵害として不法行為を構成すると解するのが相当である。そして、右受忍限度の判定にあたっては、被侵害利益の程度・その侵害行為の態様、侵害の意図、当該場所の地域的特性、社会的評価、建築関係法規遵守の有無、損害の回避可能性等の諸般の事情を検討してこれを決しなければならない。

1  日照採光通風の各阻害状況について

(一)  《証拠省略》を総合すると、原告所有建物の一階間取りは、別紙図面表示のとおりであること、本件建物は原告所有建物の北西側に隣接すること、右両建物はほゞ平行して建てられており、その対向部分の壁体間間隔は約五七センチメートル(但し、原告所有建物一階六畳間及び台所の各出窓外面部と本件建物の外壁面との間隔は約三〇センチメートル)であること、原告所有建物の一階台所の開口部は北東側勝手口ドア(ガラス窓付き)及び北西側出窓(ダイヤガラス)であり、同六畳間(茶の間)の開口部は北西側出窓(ダイヤガラス)であって、右勝手口ドアは通常閉めておくため、右台所及び六畳間における外部からの採光通風は専ら右各出窓によるほかないこと、かつて被告所有土地上に本件建物建築前の旧建物が建っていたときは、右六畳間に対向する旧建物部分は平家でその間隔は約二メートルあり、また、右台所に隣接する部分は若干の空地(自動車置場)となっていたので、右六畳間や台所の採光通風は良好で、昼間は点燈せずに新聞も読めたこと、ところが、本件建物建築後の右両室内の照度については、当裁判所の検証時である昭和五四年七月三日午前一〇時三〇分ころ、右六畳間出窓の下端部及び同室中央部において、それぞれ五ルックス及び〇ルックス(出窓のガラス戸の開閉は照度に影響なし)で、本件訴訟記録の字も判読できない程度の暗さであり、また、右台所もかなり薄暗く、中央からやゝ北面よりの地点で五ルックス、前記勝手口ドアを開けると一五ルックス(出窓のガラス戸の開閉は照度に影響なし)であったこと、右両室の通風については、右各出窓のガラス戸を開ければ一応通風は可能だが、北西からの風は本件建物に遮断されて通風が得られない状況にあること、以上の事実が認められ他に右認定に反する証拠はない。なお、右検証時の天候は小雨であったから、晴天の場合右両室内の照度も多少高くなると考えられるが、原告所有建物と本件建物との高さ、位置及び距離の各関係を考慮すると、晴天時に比し著しい差異が生じるとは到底考えられない。

(二)  本件建物によって原告所有建物の日照が阻害されたとの事実は、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

2  本件建物建築に至る経緯について

被告が本件建物の建築にあたって、事前に付近住民の意見要望を聞いたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、被告は右意見要望の一部には応じ、工事関係者と付近住民(但し、原告らは含まれていない。)との間で、工事方法、安全対策、騒音振動等の防止、損害賠償等の諸事項につき協定が成立したが、採光通風阻害を避けるためとの理由で原告らから要望のあった本件建物北西側外壁に設置予定の階段を右建物南東側の原告所有建物に対向する外壁面に設置して欲しい、との点については、被告はこれを拒絶したこと、右拒絶は、設計技師との協議の結果、原告所有建物に面する側に外部階段を設けた場合、本件建物を現況より更に原告所有建物に寄せ、その間隔を狭めて建築しなくてはならず、右階段に設置される踊り場のため双方の建物が接し過ぎ、かえって採光、通風阻害の程度が悪化するとの判断に基づいてなされたものであることが認められる。

3  地域性について

前示のとおり被告新築建物の所在地域が商業地域に指定されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第六号証によれば、右地域はまた準防火地域に指定されていることが認められ、《証拠省略》を総合すると、原告所有建物及び本件建物所在地は国鉄長崎駅の東方約五〇〇メートル付近に位置し、周辺一帯はホテル、旅館等の宿泊施設が多く、その他は商店、事務所、住家で、大久保中町ビル(六階位)、船舶保険会館(六階位)、北九州財務局長崎財務部(四階位)等の中高層ビルも存在し、総体的に建物の密集した地域であること、特に道路に面した建物は、境界線にほゞ接して建築され、接隣する建物とは互に相接近し、隣接する建物の間隙を保持することによって採光、通風を享受し難い状況にあることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

4  本件建物に対する社会的評価について

《証拠省略》によれば、被告は地方公務員等共済組合法に基づいて設立された法人であって、本件建物は被告が経営する教職員厚生施設である「長崎荘」の従業員宿舎として建てられたことが認められるところ、右建築自体は必ずしも公共性を有するものとは認め難いが、少なくとも営利目的に出たものではなく、一応の社会的有用性を有するものといゝうる。

5  法規遵守の有無について

《証拠省略》によると、被告新築建物は、建築確認を受けており、右建物の敷地、構造、及び建築設備に関する諸法令に適合していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

6  損害回避可能性について

《証拠省略》を総合すると、仮に本件建物の外部階段を原告所有建物に面する側に設置した場合、右階段のうち原告所有建物に対向する部分と原告所有建物との間隔が、現在の両建物の間隔より狭まり、右階段(とりわけ二階から三階に至る部分)によって原告所有建物一階の前記六畳間及び台所の上方からの採光、通風は現在より多少阻害される可能性が認められるものの、他方、右階段の幅員は約一メートルあり、そのうち一階から二階に至る階段の昇り口は被告新築建物正面から裏に向かって約六・五メートルの地点にあり、また、右一階から二階に至る階段の二階踊り場の端から右建物裏面までの距離は約七・五メートルであることが認められる。右認定事実に照らすと、被告新築建物の外部階段を原告所有建物に面する側に設置すれば、両建物の壁体間間隔は少なくとも現在より四〇センチメートル以上は広がり、それに伴ってその空間容積も増大し、また、一階から二階に至る階段は外壁面の一部を占めるにすぎず、その前後には相当の空間が確保されることになるので、原告所有建物一階の六畳間及び台所の採光、通風は、右一階から二階及び二階から三階の各階段による若干のマイナス効果を考慮してもなお現況よりは相当程度回復されるものと推認できる。

以上の事実のもとにおいては、原告所有建物一階六畳間(茶の間)及び台所は、従前充分な採光、通風を確保し、そこに居住する原告らもこれを享受してきたところ、被告新築建物の建築によって、通常住居の中でも使用頻度の高いと推定される右二室の採光、通風を従前に比し著しく阻害されるに至り、原告らが生活妨害を受けていることは否定できないところである。しかし、原告所有建物が本件建物建築以前、多量の採光、通風を享受していたのは、被告が被告所有地を効率的利用をすることなく、平家建居宅を建て空地(自動車置場)を設けていたことからにすぎず、原告所有建物一階の台所、六畳間の採光、通風を旧来どおり確保しようとすれば、被告は、原告所有建物と同じ高さの二階建建物の建築さえ境界線に接しては許されないことになる。本件建物所在地域は建物の密集した商業地域であると同時に準防火地域でもあり、一般に商業地域においては土地の効率的利用のため建物の高層化が不可避の現象であるとともに、準防火地域内においては耐火外壁の建物を隣接境界線に接して建てることができる(建築基準法六五条)から、住宅地域におけるのと同程度の採光、通風を期待することはできない。しかも、採光、通風の阻害が原告所有建物の一部に留まり、本件建物が社会的有用性を有していること、右のような地域性からみて、本件建物の建築が関係諸法令に適合していて、被告において原告らが享受していた採光、通風をことさらに阻害する意図があったとは認められない。

以上の如き諸般の事情を考慮すると、本件建物によって原告所有建物の一部に著しい採光、通風の阻害が認められるけれども、被告の本件建物建築には、原告らの採光、通風を享受する生活利益の侵害として不法行為責任を構成するに足る違法性をいまだ認めることはできない。

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文)

<以下省略>

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